春は出会いと別れの季節

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突然の連絡

 突然ケータイに懐かしい名前が表示され、リズミカルな音楽が流れ出す。すぐにスワイプして耳に傾けると、少し驚くくらいの音量で。「おい、早よ報告せんか。辞めるんか。」最近、電話は仕事でしか使っていなかったからか、最初が「もしもし」から始まらないことに驚きと懐かしさを感じた。電話の相手は、僕が入社当初お世話になった人で親父と呼んでいる。「親父さん、久しぶりです。すみません。連絡が遅くなりまして。」すると、声のトーンが下がり、寂しそうな声で「お前らは、全然連絡してこんし、みんな辞めていく。しかも、俺の可愛がっていたやつばっかり。」「すみません。そういえば、マルも最近辞めたみたいですね。」・・・

 マルとは、僕の同期で一番やんちゃなやつだった。正直真面目とは言えないが仕事だけはできるやつだった。2ヶ月前くらいに突然連絡がきて、結婚を考えている婚約者に今の仕事を理解してもらえないが、別れたくもないから職を変えるという理由で辞めたと言ってきた。マルらしい。要領のいいやつだからどこでもやっていけるのだろう。転職のハードルの低さにも納得だ。

 電話の中で、思い出話に浸りながらも少し寂しそうな親父に申し訳なかった。会話の最中に親父がひたすら名前を上げてきたのが、「カク」だった。カクも僕の同期でよくマルと僕と三人で親父に連れられて居酒屋に行っていた。普段もよく3人で行動していたが、カクは真面目なやつだった。僕とマルで夜中まで遊び歩いていてもそれに付き合ってくれて朝になれば、「勉強する」と言ってグデグデになっている僕らを送った後、カフェに行くようなやつだった。器用ではないものの、素直で誠実に溢れたやつだった。僕は、そんなマルとカクが羨ましかった。

後悔

 今になってみるとものすごく恥ずかしいが、若い頃の僕は、真剣にやるのは恥ずかしいと思っていた。学生時代から「全然勉強してない」と言いながら、本当はコソコソ勉強して良い点取る姑息なやつだった。僕はそのまま成長し、社会人になっても真面目だとバレないようにしていた。でも、社会人はそうもうまくいかない。同期の飲み会には積極的に参加し、職場でも余裕をかましていた。仕事ができる方ではなかったので、その吐口のように毎日飲み歩いていた。その時にマルと出会った。マルは僕と同じように定時になるとすぐ会社を後にし、飲み会に参加していた。僕と丸だけは常にいるので、次第に仲良くなっていった。一番近くで見ていたからこそマルの凄さを僕が一番知っている。仕事の時は、テキパキと目つきが変わったように仕事をし、仕事が終わると、垂れ目になり、和やかになる。入社当初は勉強することが多いのだが、勉強しているそぶりはない。それなのに、成績が良かった。僕は、羨ましかった。僕の理想だと思った。

 そしてもう一人のカクと言えば、僕とマルが誘うと嫌そうにしながらも付き合ってくれていた。カクは、おしゃべりで話すと面白いので、僕たちは気に入っていた。カクは不器用ながらも仕事に熱心で常にメモを書きながら、事務所をウロウロしていたのを覚えている。あまり仕事ができる方ではないが、率先して仕事を引き受け、がむしゃらにやる姿にみんなが高い評価をしていた。しかも、話をしだすと、ユニークなワードセンスでみんなを和ませていた。そんなカクを僕は、少しいじりの対象にしていた。馬鹿にしていたのかもしれない。不器用なのに、真面目で面白いカクのことを弟みたいに思っていた。

 入社して数ヶ月が経ち、僕たち3人は別々の部署に移動が決まった。最後に僕ら3人と親父で飲みに行った時のことを僕は、よく覚えている。親父は言った。「お前ら3人はどこでもやってけるから大丈夫だ。」僕らは照れ臭そうにする。3人でそれぞれ頑張ろうと意気込んで居酒屋を後にし駅まで歩いている途中でマルがこんなことを言っていた。「カクは将来出世するだろうな。いずれは、この会社のトップになってるだろうな。」それに対しカクは、「馬鹿にしてるだろ。そんなわけあるか。」フラフラしながらみんなで笑い合っている。僕が「カクが出世したら、僕のこと世話してくれよな。」なんて言うと、親父が「お前も頑張れや。」と笑いながら頭を抑えられた。

驚愕

 仕事を何年か経験すると、カクの凄さがわかってくる。マルも当然凄いのだが、組織が求めているのは、カクの方だ。僕も次第に尖っていた部分が丸みを帯びていき、真面目に仕事をしていた。だが、仕事をしているうちに、内に秘めていた「こんなんじゃない。こうなりたくて大人になったんじゃない」と言う言葉がこだまして「もういいや。ダメで元々。挑戦して当たって砕けろ」と言う精神でこの会社を辞めることにした。もともと型に嵌められるのが嫌な性格だったため、その窮屈さに限界を感じたのだと思う。

 親父が電話の最中に「カクもなー。寂しいなー。」なんてことを言い出すから、気になって「カクもなんかあったんですか?」と聞いたら、親父が「なんや。聞いてないんか。カクも今月末で辞めるんぞ。お前らは、連絡とってないんか。」呆気に取られた。まさか、カクが・・・。嘘だろと思ったが本当らしい。親父が「同期なんやからこういう時は、連絡しろ。」と言われたので、親父の電話の後にカクにラインした。

 僕「久しぶり。突然だけど、俺今月で辞めるわ。今までありがとな。」 カク「そうらしいな。噂では聞いてたよ。実は、俺も辞めるんだ。」 僕「聞いた。驚いたぞ。」 カク「連絡せんですまんな。退職後は教員免許取りに行ってそれから学校の先生になるわ。 僕「そっか。お互い頑張ろうぜ。」・・・・

決意

 確かにこの仕事はハードだ。体力も精神力も必要。だが、安定した給料と補償、高い退職金が売りの仕事だ。僕みたいなやつはどうでもいい。敗北したと思われても。逃げたと言われてもおかしくない。マルも妥当だろう。僕も辞めると聞いても驚かなかった。

 ただ、カクだけは違う。違うだろ。あいつは今まで組織のために貢献してきた。組織が求める人材になるために必死で食らいついていた。そんな奴をよくもまあそんなあっさりと手放すのかと。僕は、フツフツと怒りが湧き始めた。おかしい。何が理由でこんなことになったかは知らないし、カクにも深くは聞かないが、これはおかしい。噂で聞いたことがあった。カクが異動先でパワハラに遭っていると。僕は、すかさず電話したが、カクは持ち前のトークで面白おかしく話してくれた。「限界だと思ったら、絶対に上に報告しろよ。絶対だからな。」僕は、そう言って電話を切ったが、今となればあれも原因なのではないかと思えてきた。

 僕は、この組織に耐えられずに辞めることにした。最初は、失敗したっていい。挑戦することが何よりも大切だ。ダメだったら実家に帰ればいいと思っていた。だが、今は違う。あのカクを辞めさせた組織に怒りを抱くと共に安堵した。ああ、俺の判断は間違ってなかった。こんな組織こっちからでてったると。ここまで腐ってると思わなかったと。

 今度会った時、カクに言ってやるんだ。「組織に使われるだけ使われて捨てられてその上で、不幸な人生を送るなんてそれこそ組織に負けたことになるぞ。俺は絶対成功するぞ。この組織に残り続けたどのやつよりも。俺が一番幸せになる。カク、お前がもし路頭に迷うようなことがあったときは、俺に連絡しろ。なんとかしてやる。」と。

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